退去トラブルの原因防止と解決法<その2>特約を有効にするために必要なこと
AVANCE LEGAL GROUP LPC 執行役員・弁護士 家永 勲
賃借人の負担内容を具体的に明記する
特約が有効となるためには以下の3条件が必要であると、「退去トラブルの原因防止と解決法<その1>」でご説明しました。
❶特約内容に必要性、客観性、合理性がある。
❷賃借人が「本来は賃貸人が負うべき修繕義務」を自分に転嫁されていることを認識している。
❸賃借人から「修繕義務の負担」について意思表示を得ている。
さらに、特約でもう一つ大事なことは賃借人に負担を求める修繕内容の示し方です。明確な認識と合意を得るためには、修繕の範囲や単位、単価などの目安を具体的に記載することが望ましいとされています。
●ハウスクリーニングを特約とするときの注意点
トラブルになりがちなハウスクリーニングについても、少しお話ししましょう。
次のような判例があります。この裁判(東京地裁平成25年5月27日)では、たとえ特約で「ハウスクリーニング費用は賃借人負担」と定めていても、「貸室内の清掃を専門業者に委託する必要のない場合にまで賃借人に負担させる」との明示がなかったことを理由に、賃借人負担とすることが否定されました。
今後、ハウスクリーニング費用の負担などを特約とする場合は、
❶どんな場合に行うのか実施の条件を定め、
❷金額を明記し、
❸賃貸人が負担すべき義務を賃借人に転嫁していることを認識してもらった上で、合意することが不可欠です。
「敷引特約」もトラブル防止に有効
賃借人への詳細説明、合意形成などをきちんと記録に残しておくとなると、大変な労力が必要です。そこで、労力をかけなくて済む方法が「敷引特約」です。これは、原状回復費用を賃借人ごとに精算するのではなく、全体的な契約の方針として、経年ごとに敷引額(敷金から差し引く金額)を定め、合意しておく方式です。
●「敷引金」のめやす
「敷引特約」を設けている契約では、敷金の額を高めにしていることが多いようです。敷引金額は多くの場合、賃料の2〜3カ月分で設定されています。この金額は、平成23年3月24日に最高裁が「経過年数に応じて賃料の2倍弱ないし3・5倍強の範囲」で定めた「敷引特約」を有効と判断したことが根拠となっています。
「敷引特約」を有効にする4つのポイント
最高裁判決(平成23年3月24日および同年7月12日)では、敷引特約を有効なものにするための条件とも言うべき内容が判示されました。そのポイントを整理すると、以下の4点を契約書に明示しておくことです。
❶経過年数に応じた敷引金額
❷通常損耗等の原状回復費用に敷引金を充当すること
❸敷引金は返金されないこと
❹賃料には通常損耗の補修費用が含まれていないこと
「敷引特約」において、請求できる通常損耗等の原状回復費用は、敷引金額を超えることができない可能性があります。その点は、デメリットと言えるでしょう。しかし、金額等の明示や賃借人への説明が容易であることから、トラブル予防には有効な方法です。
契約書を基に自信をもって交渉を
それでは、実際にトラブルが生じた場合はどう解決すればよいでしょうか。
原状回復トラブルの原因を賃借人の側からとらえると、
❶原状回復費用の内訳が示されていない、
❷賃借人の落ち度がない部分についても負担を求められている、
❸負担額が高額すぎる・負担の割合に納得できない、などとなるでしょう。
解決のためには、賃借人の疑問点を一つ一つ解決しながら、ていねいに交渉を進めることが大切です。「入口」で原状回復費用に関する合意の成立を目指した契約をきちんと結んでいる場合は、負担すべき金額等も明示されているはずですから、契約書を根拠として自信をもって支払いを求めていけばよいことになります。
※リンク
退去トラブルの原因防止と解決法<その1>トラブルは契約時点で防ぐのがベスト
退去トラブルの原因防止と解決法<その2>特約を有効にするために必要なこと
(プロフィール)
いえなが・いさお 1983年、滋賀県生まれ。立命館大学法学部・同法科大学院卒業。2007年弁護士登録。東京弁護士会所属。不動産関連の法務に詳しく、「不動産業界がリアルに直面するクレーマーへの対応とその予防策」など、オーナー向けセミナーの講師や執筆も多数。企業法務、介護・高齢者施設関連法務の分野でも活躍。